第136話 宴のあとではありますが

僕が暮らすここ東京では、暦が9月へ進んだ途端それまでの狂ったような猛暑はまるで潮が引くように静まり、急に初秋と呼んでいいような涼しさが訪れました。そんな折、店の常連のお客様からSNSを通じて一枚の画像が届きました。画像には「今日と明日 馬事公苑入れるみたいです！」とのメッセージが添えられて。なんとビックリ！僕にとってはもちろん、恐らく多くの地元民にとっても大変驚きのニュースでした。たまたま翌日は僕もウチの奥さんも揃ってお休みでしたので、これを逃す手はありません。翌日の開園時刻に合わせて二人で出掛けて行きました。

馬事公苑はウチの店からほど遠くない場所にある公園で、その名の通り馬事の競技や普及の拠点としてJRA（日本中央競馬会）が運営する施設です。でも春にはたくさんの桜が咲き誇り、夏には「せたがや区民まつり」というお祭りでも盛り上がる、地元民にとっての憩いの場でもありました。過去形で書いたのには理由があります。なぜなら東京五輪の会場となるために2016年末から休苑し、一般人は立ち入り出来ない場所となっているからです。それでも五輪開催時には多くの観客で賑わうはずでしたが、コロナ禍による無観客開催となったことで人々を迎え入れることがないまま、この後2023年までかけて解体工事に入る…つまり地元民にとっては6年以上も封印される幻の会場だからです。

少なくとも僕にとっては（ちょっとネガティブな見方になってしまうのだけど）、五輪のために入れなくなり、たくさんの桜が切られ、五輪のためだけに設営されるも未使用で解体される巨大な観覧席や大型照明設備を、ただ塀の外から眺めることしか出来なかった場所なので、せめてその施設を実際に目の当たりに出来ることは救われる想いでもありました。どうやら告知は貼り出されたポスターのみだったようで、ネットで検索してもこの開場の情報は出てきませんでした。それだけに連絡をくれたお客様には感謝しかありません。持つべきは気の効いた常連客!?大○山さん、ありがとう！(笑)

開場20分前くらいには着いたでしょうか、既に長蛇の列です！と、時間前ですが門がすぐに開きました。混乱を避けるためか、本来ならチケット売り場となるはずの場所への一時的な列の誘導でした。そして時間通り入場が始まると、特に混乱も無くスムーズに場内へと入れました。さっそく五輪のオブジェなどの前に記念撮影したい人々の列が並び出し、また配布予定だったとおぼしき大会スポンサーの景品などが配られていました。そしていよいよ競技場へと足を踏み入れました。そこには美しく拡がる競技馬場と、それを挟むように巨大な観覧席が高く大きく作られていました。

僕たちは観覧席の一番上まで上がりました。席は想像以上に急角度で、高所の苦手な奥さんはちょっと怖々でしたが、最上段にそびえるポールには参加各国の国旗がはためき、対面の観覧席の向こうには新宿や代々木のビル群、東京タワーはもちろんスカイツリーまで見通せました。使われることの無かった記者席に初秋の爽やかな風が吹き抜けていきました。そのまま競技場をぐるっと一周しながら、所々に飾られた馬術競技の設備を間近で眺めたり、電光パネルの解体作業を見上げたりしつつ、オリンピック・パラリンピックの最後の残り香を十二分に堪能しました。(笑)

設備が解体されてしまうのは勿体ないと思う反面、普段の競技時には巨大な観覧席を必要としないものでもあり、また実際に見てみるとあくまでも“仮設”の造りである事は明らかで、そんなところからも五輪は一つの“大きなお祭り”だったのだなぁと実感しました。もはやオリ・パラの話題はずいぶんと昔話のような感じだし、今更取り上げるのもどうかと思ったのですが、ほぼ見られることなく消え去ってしまうこの光景を皆さんにもお裾分けしたいなと思って、敢えて取り上げました。お付き合い頂きありがとうございました。(笑)