第170話 観客のいないトークショー

休日のある日、神奈川県秦野にある西山タカスケのアトリエを訪れました。友人のタカスケは画家で、若かりし頃はイタリアの学校でルネッサンス期の絵画を学んだ、筋金入りの美術家です。でもそんな事を知ったのはずいぶん後になってから。出会いが趣味の自転車繋がりだったので”パンチの効いたオモロイMTB乗り”という印象でした。以前は東京・蔵前にアトリエがあって、時々遊びに行ってパスタをご馳走になったり、彼が主催した樹木希林さんの一周忌イベントに参加したりもしました。
（樹木希林さん一周忌イベントの話はこちら）

彼がイタリア留学時代に覚えたというパスタは絶品で、今回はゴチになるお返しに僕がコーヒーを淹れるという「得意技の持ち寄りランチ会」なのでした。到着すると早速彼はランチを作りつつも、久々の再会に話が弾みます。そしていきなり出て来たのが圧力釜で茹でただけの人参。味付けはオリーブオイルと塩のみ。お気に入りの農家さんの野菜だそうで、直売所で見かけたら必ず買っているとか。あまりの美味しさにこれだけで来た甲斐があると思ってしまった…。そしてパスタ登場！オイル系のアサリのパスタで、茹で具合が絶妙。いや〜至福の時…♪

ひとしきり食べたところで攻守交代、コーヒータイムです。用意したコーヒー豆は今回のために作った「渋沢ブレンド」。アトリエがある秦野・渋沢の自然と水、またタカスケが描いた山の絵から受けたインスピレーションで作りました。グァテマラをベースにした上品で端正な味わいは、秦野の軟らかく清らかな水との相性も良いものでした。このエリアは普通の水道水がとても美味しいのです。出来上がったコーヒーの味わいにはタカスケも唸ってくれました。僕も狙い通りのブレンドが出来て満足でした。

その後は真空管アンプのオーディオでビル・エバンスのエレガントなピアノを聴いたり、ラピスラズリから作られた天然顔料のウルトラマリンを拝ませてもらったり、女優・杏さんの本のことなど話題は尽きません。いつしか話は彼の描いた山の絵のことに。描いている時はどんな感じだったの？と尋ねると「最初は抽象形態との戦いだったけど、ある時急にポエジーが現れるんだよ。」と一言。絵の中の大気が動き始め、木々が命を宿す瞬間をそんな言葉で表したのかなと受け止めました。

あっという間にお開きの時間となりました。まるで観客のいないトークショー、収録のない対談のようなひと時でした。お互い今となっては「自転車」も以前ほど乗ってなくて共通項は少ないはずですが、タカスケには会うだけで不思議と元気が出てくる感じがあります。彼も僕に会うといろいろ刺激されると言っているので、お互いにそんな所があるのでしょう。彼のキャリアからすれば本来は敬意を込めて「画伯」と呼ぶべき人物なのだけど、僕にとっては相変わらずパンチの効いたオモロイ奴なのでした。