子供の頃は運動が大の苦手でした。ボールを投げられない、走るのが遅い、泳げない。体育なんて苦行そのものでした。ところがそんな僕でも、大人になってから楽しいと感じるスポーツと出会い、また観戦する面白さも知りました。特に近年は多くの日本人選手が世界で活躍するようになり、観戦の楽しみも増えました。
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先日もテニスの全米オープンで大坂なおみ選手が四大大会、いわゆるグランドスラムで日本人として初優勝しました。決勝戦では精神的に成長し、終始タフに戦い抜いた彼女の姿と、追い詰められて苛立ちを露わにした対戦相手の姿がとても対照的でした。結果、大坂選手が快挙を成し遂げた訳ですが、その素晴らしさとは裏腹に、表彰セレモニーでの鳴り止まぬブーイングには、強い違和感を覚えた方も多かったのではないでしょうか。
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対戦相手のセリーナ・ウィリアムズ選手はグランドスラム23回の優勝を誇るスーパースターです。でも昨年は出産とそれに伴う持病の悪化で、戦線離脱を余儀なくされました。今年から復帰はしたもののその離脱が尾を引き、思うように結果が出せない状況でした。ただ調子は上げてきていて、そこで迎えた満を持しての地元アメリカ開催です!元ナンバー1チャンピオンの、全米オープンにおけるキャリア復活劇というシナリオを、本人のみならず多くの観客も信じていたはずです。しかしそれが(あくまでも彼らの視点では)審判のジャッジという予期せぬ“外的要因”によって成されなかった…。だからセリーナじゃない誰かが表彰される姿は納得いくはずもなく、ブーイングという形で現れました。でも実はそれ以上に今の米国社会が持つ空気感が、その背景にあるのではないかと思っています。
昨年の事、米国のコーヒー事情に詳しい方からお話しを伺う機会がありました。彼はこう言いました。「ここ数年はどこのロースターへ行っても日本のハリオV60ドリッパーが使われていた。でも今は多くの場所でケメックスが使われ始めていて驚いた。」と。ケメックスは米国科学者が考案したコーヒー器具で、その優れたデザイン性からニューヨーク近代美術館の永久展示品に指定されている、1941年生れのロングセラーです。なぜ今頃これが急激に広まったのかと言えば、政権がトランプ氏に変わったからだ、と言うのです。アメリカファーストを掲げ、アメリカを再び偉大にという彼の呼び掛けは、「強いアメリカ」を取り戻そうとする機運をもたらし、なんと日本製ではなく米国のコーヒー器具を使う、という動きにまで浸透していたのでした。
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左のガラス製ドリップ器具がケメックス。
デザイン性が高くてお洒落過ぎるので、普段は使っていません(笑)
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そんな空気感の中で行われた自国開催の大会です。自分達アメリカ人のスーパースターが再び頂点に立つことが、いったいどれほど望まれていたことか。それは、私達が想像する以上に今の米国社会を覆う強い感覚なのだと思うのです。だから全米テニス協会の会長でさえ、「私達が求めた結果ではなかった」などというスピーチを表彰式の場でしてしまった。米国外の人から見れば何ともアンフェアで礼を逸したように見える表彰式の背景には、自分より強い他者を受け付けない事によって再び強いアメリカを生み出そうとするトランプ政権の保護主義が生み出した世相があり、あの行き過ぎたブーイングの正体だったのではないでしょうか。
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つまり、大坂選手はコート上でセリーナや自分自身と戦っていただけではなく、米国社会の持つ今の空気感とも戦っていたと言えるのかもしれません。しかし彼女は勝った。それは本質的な意味でも、若干二十歳の彼女が新しい時代の幕を開くキーパーソンになったのだ!と、ハリオのドリッパーでコーヒーを淹れながら思ったりしたのでした。
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ぽんで
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